読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

中卒童貞孤独ニートのブログ

中卒童貞のニートの生き恥じである。嫌われ続けて頭おかしくなってしまった。

俺以外みんな幸せ

SNS事件のせいで鬱が悪化したと別記事で書いたが、今回はそのことについて触れる。

 

事の発端はまとめサイト巡回中に閲覧してしまった「同級生のSNS検索した結果」なるタイトルの記事のせいだ。

 

こんなものスルーせよと脳は幾度も引き返せ信号を発していたのだが、知りたいという欲望には勝てず、検索してしまった。

 

ちなみにどうやって見るんだよというかたはtwitterの検索バーに自分の出身校か、出身地名を書き込んでみるといい。見知りのアイツがご丁寧に顔写真付きで君を出迎えてくれるだろう。

 

一人見つかれば、フォロワー欄から芋づる式に見つかるもので、当然のように恋人を作り、友達も多い写真や楽しそうにしている写真を見て、むかっ腹に穴が開きそうだった。

 

僕は中学時代いわゆるアニメオタクで以前からアニメ好きだと噂だった子と友達になろうと一生懸命に声をかけたが、俺のような人間と一緒にされたくは無いらしく、無視とまではいかないが納得できない扱いを受け心底傷ついた。

 

驚いたことにそいつは髪まで染めており、高校の時から付き合っていたという彼女との制服でイチャイチャしてる写真を背景に張り、これまでかという幸せアピールを見せつけてくる。

 

SNSにアップしてるようでは本当の幸せではないなどという気休めは異次元へ吹っ飛び、俺の生きてきた中でも最大級のイライラが数週感続き、幾分たったいまでも引きずるくらいのトラウマになってしまった。

 

こんなのが他に何組もいて、他人を苛めていた奴から誰から誰まで幸せそうな連中ばかりだった。

 

苛立ちと同時に、ニートの俺を襲うのは焦燥感だ。

俺は学校に行くことすら断腸の思いで“頑張っていた”し、イジメ中はそれに耐えることだけに徹し、その後も心的外傷後ストレスというべき、他人の顔色を必要以上に気にし、何も手が付かなかった。

 

そんな俺の足掻きなど彼らの人生には存在しない。

 

俺というターゲットが攻撃を受けている間、連中は様々な経験を着実に積み、成長を遂げていたのだ。

 

こういった扱いに対し文句を言うのは恥ずかしいだとか、カッコ悪い、子供のすることだと、厳しい社会は罵倒交じりの野次を飛ばすであろう。

 

全てを他人のせいにする気はないが、努力する気力すら奪われる状況というのは体験したものにしか分からないと思うし、甘えと言われようが、それをすぐに変化させるのは困難なのだ。

 

いじめられた人間は「私は今これだけ幸せにやってます」という発言をする人間に己を重ね自己研磨しようとするが、そんな人間ばかりだと心が持たない連中が存在すること知ってほしい。

 

「俺はこんなにいじめられたぞ」と発信するのは成長のしない子供の我儘扱いする悪環境を変えない事には、いじめのアフターケアにはならないのではないか。

 

そもそもいじめられた側が、負った傷に対して自己修復して幸せになるという構図からしておかしいではないか。

 

加害者に慰謝料を請求するのは正当な行為のはずなのになぜ臭いものにふたをするかのような扱いを受けねばならぬのだ。

 

いじめにまた立ち向うのはメンドクサイし、トラウマを穿り返すだろう。

 

だが俺はこいつに苛められたとはっきり言い、こんな不当な扱いを受けたと伝えることをやめないだろう。

 

そのせいでこんな不幸だではなく、そのせいで困難な道のりになったがこんなに頑張ってるぞと胸を張って言えるようにしてやればいいのではないか。

 

SNSを見て感じた理不尽。

 

ツケははらってもらわなければ困る。過去の不当な扱いをあえて公開し清算すると同時に、今ある己を生きようと精進したいと思う。

 

 

 

最後に俺と同じように幸せを他のやつらに吸い取られてしまった人と自分自身に手向けがある。

 

アンタの受けた扱いは糞で理不尽なものだが恥ずかしい者じゃない。糞で糞で糞でどうしようもない人生だが、忘れて幸せになっちまうにはとんでもない労力と時間がいると思う。

 

不当には「不当だ」と声を上げよ。

奴らの幸せに対して文句をいう権利はあるし、それを非難されたらアンタの受けた扱いを言えばいい。

 

楽をして幸せになった連中など羨む必要はない。

 

糞にまみれて足掻き苦しんでやっとのことで手に入れた幸せに比べれば連中の幸せなど取るに足らないものなのだ。

 

腹が立ってしようがないし、先が見えなくて真っ暗だが俺は死んでも幸せになるぞ。

 

頑張れ。